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磁石の歴史

私たちの日常生活に欠かせない磁石。最初に発見されたのは、いつ頃でしょうか?
また、発見された磁石はどのように活用されて現代に至ったのでしょうか?

このページでは磁石の歴史についてご説明致します。

天然磁石の発見(紀元前十数世紀)

紀元前十数世紀頃、古代ギリシャの遊牧民が、靴の金属部や鉄製の杖先にくっつく石を発見したのが磁石の始まりと言われています。

この石が“天然磁石”と言われ、鉄と酸素から出来ている鉱石で磁鉄鉱(英語名:マグネタイト/magnetite)と呼ばれる鉄鉱石の一種です。

天然磁石は英語名でロードストーン(lodestone)と言い、船乗りに航路を導く石(磁石)という意味です。

現代の科学では天然の磁鉄鉱は、通常磁気を帯びず釘などは吸着しませんが、雷による大きな電流が磁鉄鉱に流れることにより、磁気を帯びたと考えられています。

さらに、天然磁石となるのは、実は磁鉄鉱(化学式:Fe3O4)ではなく、正確には磁赤鉄鉱(英語名:マグへマイト/maghemite 化学式:γ‐Fe2O3)という鉱石が天然磁石になることが分かっています。

マグネットの語源(紀元前十数世紀)

マグネット(magnet)の語源も古代ギリシャから誕生しました。

ギリシャ北部のテッサリア地方の海岸付近から天然磁石である磁鉄鉱が大量に産出し、その海岸付近の地名であるマグ二シアから「マグネット」の語源となったという説が最も有力です。

また、天然磁石を発見した羊飼いの名前「マグネス」が由来という説や現在のトルコのエーゲ海に面したマニサ市(旧マグネシア)にちなんでつけられたという説もあります。

マグネシア

磁石の語源(紀元前200年頃)

中国では天然磁石の磁鉄鉱が釘を吸着する様子が、母親が赤ん坊を慈しんで抱く様子を想像させることから「慈しむ石」すなわち「慈石」(英語名:lovingstone)と呼ばれ、それが変化して「磁石」になったと言われています。

昔、磁鉄鉱をたくさん産出する地方が「慈州」と名付けられました。その後「磁州」に変化し、現在の河北省・邯鄲・磁県として残っています。

磁石石(じしゃくいし)

日本に「磁石の山」があるのを知っていますか?

須佐高山

日本の磁石山と呼ばれる場所で最も有名な山は、山口県萩市須佐町にある標高533mの須佐高山(すさこうやま)です。

山全体がハンレイ岩(カルシウムの多い斜長石を主体とする深成岩)という岩からできていますが、わずかに天然磁石である磁鉄鉱を含み磁気を帯びています。

山頂にある磁石石は国の天然記念物に指定されており、方位磁石を近づけると狂ってしまいます。

古代の磁石の応用

指南車

指南車

紀元前2600年頃、中国の最初の王様である黄帝が作ったとされています。

戦の時、濃霧により道に迷ったことから方角が判る「指南車」を作り、戦に勝利したとされています。

人形の腕が南を指すようにセットし、車がある角度を曲がると歯車と滑車の“からくり"により同じ角度だけ人形が回転する仕組みになっています。

中国では昔から「天子は南に面す」という思想があり、それに基づき南を指しています。

占術盤、羅針盤

羅針盤

紀元1世紀頃、中国の哲学者である王充(おうじゅ)が著した「論衡(ろんこう)」によると、平らな台にスプーン状の天然磁石を置くと、くるりと回転し南を指す占術盤を「司南の杓(しなんのしゃく)」と呼び、風水占いに使用されていました。

これは世界最古の羅針盤で現代の方位磁石の原形と言われています。

ギルバートの磁石論(1600年)

1600年、英国の医者であったウィリアム・ギルバート(William Gilbert 1544~1603)が磁石や磁性体および巨大な磁石・地球について多くの実験を行い、それらをまとめた「磁石論/De Magnete」(全6巻)を出版し、現代にも通じる学問として磁石学を確立しました。

以下に「磁石論」の主な内容を紹介します。

3つの製造方法

  • 1. 天然磁石の2つの異なった極に鋼の針の両端をそれぞれ接触させると針が磁石となる。
  • 2. 地球の南北方向に赤く熱した鉄の棒を置いて、それをハンマーでたたくと磁石ができる。(図参照)
  • 3. 赤く熱した鉄の棒を南北方向に置いて冷やすと磁石ができる。

製造方法

南(AVSTER)と北(SEPTENTRIO)の方向に鋼を置いて鍛造すると磁石になる。

磁石を使用した永久運動

永久運動装置

ギルバートの永久運動装置

鉄球は磁石のN極に吸引され板の上を登り、登りきったところで上の穴から落下します。落下の勢いで下の穴から飛び出し、再び磁石によって吸引され登り始めます。

これを繰り返すという永久運動です。

地球は大きな磁石であることを実験で立証

地球磁石

ギルバートの地球磁石の実験

天然磁石を磨いて球形の磁石とし、近くに小さな磁石を置いた時の様子を調べました。

日本付近では方位磁石を水平に置いた時、針はN極側が少しお辞儀したような格好になります。

その角度を伏角(磁針の北側が下がる角度)と言います。ギルバートの実験には、その伏角が描かれています。

日本における磁石の記述(797~1827年)

日本で磁石に関する最初の記述

797年 日本国形成後、菅野真道らによって刊行された日本の歩みについて書かれた「続日本紀(しょくにほんぎ)」内の「和銅6年(713年)近江の国より慈石を献ず」が磁石に関する日本で最初の記述です。

日本で最初の磁石に関する単行本

日本で最初に発行された磁石に関する単行本は、1827年発刊の石井光致著の「慈石論」です。 この本の中で「世には怪しいものが多いが、日常的に用いて慣れてしまうとだれもこれを怪しまない。慈石の場合もそうだ。」と、磁石は怪しい存在であることを記述しています。学問とは程遠いようでした。

日本における古典芸能と磁石(1640年~1791年)

狂言:「じしゃく」

「じしゃく」という狂言が1642年頃に初演されました。

あらすじ

ある田舎の人が都へ上る途中、人身売買の詐欺師が田舎の人に言葉巧みに近付き、宿屋へ連れ込んで休ませます。

実は、宿屋の亭主は人買い商人で詐欺師から田舎の人を買いうけ、代金の支払いは明朝と約束していました。

これを盗み聞いた田舎の人は、先回りをしてお金を受け取り逃げ出します。

逆に騙されたと分かった詐欺師は、後を追い太刀を振り上げ脅かすと、田舎の人は「私は磁石の精だ」と名乗り太刀を飲み込もうとします。

試しに太刀を鞘に収めると田舎の人は目を回して気を失ってしまいます。

慌てた詐欺師は、太刀を供え呪文を唱えて蘇生を祈ると、田舎の人は急に起き上がり太刀を振り上げ、詐欺師を追いかけます。

歌舞伎:「毛抜」(歌舞伎十八番の一つ)

1742年に初演された歌舞伎十八番の一つに「毛抜き」があります。

あらすじ

小野春道(おののはるみち)の娘 錦の前(にしきのまえ)は、文屋豊秀(ふんやとよひで)と結婚することになっていました。

しかし「髪の毛が逆立つ」という奇病にかかり婚儀が滞っていました。

文屋豊秀の家臣である粂寺弾正(くめてらだんじょう)は、豊秀の命令で錦の前の様子を見に行きます。

弾正が春道を待っている間、毛抜きでひげを抜いていると、なんと毛抜きが勝手に立って踊り始めました。

銀製の煙管(きせる)は、踊りません。

そこで天井を怪しんだ弾正は、槍で天井を突きます。

すると、大きな磁石を持った忍びが飛び降りてきました。

実は、錦の前の髪にさしてあった鉄のかんざしが、磁石に反応したために髪の毛が逆立ったのです。

歌舞伎「毛抜」

磁石に関する絵本"磁鉄頓智才兵衛(じしゃくとんちさいべえ)"

1791年に刊行された虚空山人(こくうせんじん)著「磁鉄頓智才兵衛(じしゃくとんちさいべえ)」という磁石に関する絵本の内の一つのお話を紹介します。

あらすじ

磁石を手に入れた才兵衛は刀を吸いつけて、大儲けしようとします。

しかし、集まるものは鉄屑ばかり。

そんなある日、才兵衛の磁石に雲の上のかみなり様の鉄棒が吸いつけられ、かみなり様が雲の上で必死に踏ん張っていると、才兵衛は磁石ごと空高く吸い上げられてしまいます。

かみなりの国に着いた才兵衛は、見世物になることで大儲けします。

そして、かみなりの美人女房をもらい、羽衣を着て下界に戻っていきます。

人口磁石の始まりと発展(1900~)

日本の工業所有権(特許制度)が、1985年4月に創設100周年を記念して、日本の偉大な発明者10名が選ばれました。

その中に磁石の発明者として、KS鋼の本多光太郎とMK磁石鋼の三島徳七の2名が含まれています。この発明が強力な磁力を持つ人口磁石の始まりです。

この後、多くの日本人が磁石の発展に貢献していますが、中でも1982年に最強磁石であるネオジム磁石を発明した佐川眞人氏は特筆されます。

発明者発明内容
豊田佐吉木製人力織機
高嶺譲吉アドレナリン
鈴木梅太郎ビタミンB1
本多光太郎KS鋼
丹羽保次郎写真電送方式
御木本幸吉養殖真珠
池田菊苗グルタミンソーダ
杉本京太邦文タイプライター
八木秀次八木アンテナ
三島徳七MK磁石鋼

図は磁石の発展を示しています。この図から判るように、磁石の発展はより強力な磁石を発明することであり、日本人の貢献度が高いことが分かります。

磁石の始まりと発展

発明者

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